スタックスの屋台骨 追悼ドナルド・ダック・ダン(その2) |
2012年 05月 14日 |
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ドナルドの経歴の紹介で、オーティス・レディングのバック・バンドの一員と書いたものをよく目にするが、この説明は半分正しく、半分間違っている。なぜなら、MG’Sはスタックスのハウス・バンドであって、オーティス専属のバンドではないからだ。MG’Sはスタックスのスタジオ・ワークを幅広くこなし、アーティストのツアーはMG’Sよりも腕の劣るバンドをその都度編成する、というのが当時のスタックスのシステムであった。
ただし、特別なライブの場合はMG’Sがバックをつとめた。たとえば、1967年のスタックスのヨーロッパ・ツアー(レーベルのショウ・ケース・ライブとして、オーティスやサム&デイヴが参加した)である。そのツアーから、MG’S単体の演奏。
ドナルドの首の振りに正比例して、バンドにも熱が入っていく様子がわかる。
次に、同じツアーからサム&デイヴ。
前半部のじわじわと盛り上げる演奏もよいが、ブレイクをはさんでの後半部の突進振りがすさまじい。全盛期のサム&デイヴの強引さもすごいが、その主役をあおりまくるMG’S。ライブ・バンドとしての面目躍如というところだろうか。
リズム・セクションとしてのMG’Sというのは、かなり基本に忠実で、とくに変わったことをしているわけではないように聞こえる。しかしそのような印象を持つのは、その演奏が多方面に影響を与え、スタンダードになった歴史を知った耳でMG’Sをふり返るからだろう。そうした歴史を知らない、というより歴史が作られていく瞬間に立ち会った1967年のヨーロッパの観客は、やはり驚き、そして熱狂したに違いない(実際、その姿が映し出されている)。
また、基本に忠実とは言っても、それが凡庸を意味するわけでもない。サム&デイヴでもオーティスでもよいのだが、MG’S以外のバンドがバックをつとめたときの演奏と聞き比べてみれば、MG’Sの破格さが実感できる。MG’S以外のバンドだと、しなやかさやハネの感覚が弱まり、ゴツゴツとした演奏になることが多いのだ(それでも熱のこもったライブが展開されるところは、すごいの一言なのだが)。
そうした、粋なノリを身上とするMG’Sとオーティスがのぼりつめた「特別な夜」として、最後に1967年のモンタレー・フェスティバルを。
その日のオーティス&MG’Sの出番は、巨大アンプの大音量と、ド派手なライト・ショウで会場を盛り上げたジェファーソン・エアプレイの後。小さなアンプを抱えてステージにあがったMG’Sの4人は、音量的にジェファーソン・エアプレイよりも劣っていたという。しかも、揃いのスーツ姿(緑)である。このユニフォームは、サイケの時代を経由した白人観衆には違和感のあるものだったはずだ。「完全に浮いてたわよ」とは、ドナルドの妻であるジューン・ダンの証言である。
しかしそうした完全アウェーの状態の中でも、オーティスを呼び込み、最終的には熱狂的な反応で迎えられたという。純粋な演奏の力で大観衆を寄り切ったのであろう。そのエンディングが「Try A Little Tenderness」だった。その画像を貼り付けておく。
(四分の三くらいがオーティスのステージとは無関係な観客の映像だが、歴史的名演であることにに違いはないので)
いったん退場したオーティスが、再び現れてからのコーダの盛り上がり方が掛け値なしにすばらしい。
(ちなみに、このコーダを見事なオマージュとして引用して見せたのが、RCサクセションの『King Of Live』収録の「指輪をはめたい」のコーダである)
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MG’Sのメンバーのうち、ドラムのアル・ジャクソンはかなり早く亡くなっている。天国での再会のセッションをドナルドが楽しんでいることを、心より祈っている。
(涛々・当館研究員)
# by toto-toto-akie | 2012-05-14 21:47 | 音楽室 | Trackback | Comments(0)

























テーマは、ずばりライブ。人気絶頂時のライブ・ドキュメンタリー映画『Magic Capsule』(1979)や解散ライブ(1985)の他、1999年の期間限定再結成時のライブ、2006年以降の恒久再結成以降のライブを中心に、日本テレビとNHKでオンエアされた演奏場面を収録している。
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